朝五時の食品サンプル

魔女になりたい!/朝丘せろり

あるクィアの上半期日記

プライドマンスだけど滅入ることばっかだから地続きの日々を生きてんだぜ〜って感じでクィアの日記でも書いとこっかな!のやつです。
あと自分の陥った状況、マジでどう対処したらいいか分かんなくて詰んでたからインターネッツの海にレポ的に投げておく…
書いてる人は今は自分をロマアセクに分類してるよ〜。

【ここまでのあらすじ】
今年の冬の話。推しに出会ったことで「性愛分かんね〜!だからもう将来的に一緒に暮らしたいのが男性か女性かも確定しね〜しそのことの説明とかしたくね〜、心自由に泳がせたい〜♪」ということがハッキリして実家を出たせろり! 友達の力も借りながら意外と順調に秋を過ごすも、年末母から「父が癌だと分かって、余命があと数ヶ月単位らしい」という連絡が入り、実家に舞い戻ることに……? 
次回、『クィアと家族、親の死』! せろりの明日はどっちだ?

【状況整理】
あらすじが全てなんですけどね! 
結論から言うとその3ヶ月後くらいに父は亡くなって、今は落ち着いて暮らしている感じですー、一人暮らしの家に戻ってね! 真面目に書くと気が滅入るので軽い文体でこの話は書きます!全体的に倫理観は……ないかも……(あってくれよ…)

さて、診断がおりた時点でもう延命治療も出来ないことが分かったケースだったので在宅医療としたいという父の望みがあり、実家に全てが在る状態になったのですが、何故そんなに実家に戻りたくないのかと言うとそもそも一人暮らしの始まりが、アラサーなので「いい人いないの?」みたいな親の圧を毎日浴びるのが嫌で、いや私だって世間のスタンダードに生まれたかったし今もその道は残っていないかと正直期待しているがそれをやろうとすると自己破壊行動に走った記憶がフラバ気味になるので身の安全のために今は触れられたくねーし親に性愛の話とかしたくないぜ! という動機を隠して家を出たので、その家にまた戻るのキッッッツ!!笑(※笑ではありません)となった。

しかもあの〜、親が死ぬってなると人生の精算を1回求められるみたいなことあって、やっぱり結婚して子を育てるというのは幸せの物語として磐石っぽくて(それぞれ個別に色々葛藤した日々の積み重ねだとは分かりつつ)「父さん死んじゃうけど、いい人見つけてあんたたちが生きていってくれると分かったら安心するから…」みたいにね、いい人いないの?照会がね〜〜兄弟全員に入る! わ〜、強度のある物語じゃないと認められない感じ! 感受性が日常生活に支障が出るほど異常なわたしは日々色々感じて学び生きているというのに(?)形に残らないというだけで……

でもさ、分かるよ(突然の同意)。私も大学生の時からアセクシャルという言葉は知っていたけど別にそこまでではないんだろうな〜って感じだったが、降り積む違和感と自己破壊が行き着くところまで行ったのでようやく「証明とかはできないが……ロマアセクに自分を分類しておいた方が心理的安全性保たれるくね……?」とアラサーにして折り合いがついたからね。
つまり、子にセクシュアリティを開示されたとてその瞬間に理解されるとかは無く、親も受け入れるのに年月がかかるケースがあるというのは縁があって受けたLGBTQセミナーで知っていたのさ!

よって、以下の構図が成り立つ↓

*****

父が亡くなるまで自身のセクシュアリティを両親に隠し通すこととする。
親は今は家族の死以外の別の大きな問題を同時に受け入れられないだろう。

なお、親の死を悲しむのであれば長く生きてほしいと願うはずだが、その期間が長いほど自身のセクシュアリティがばれないように嘘をつき通し気を抜かないでいなければならない時間は長くなり、親が亡くなると共に一旦そのプレッシャーからは開放されるだろう。

*****

い、イェェエエエエイ!!!(※精神への負担が限界に達したため緩和のためにサンシャイン池〇さんを召喚しています)親の死と己の精神の自由が天秤に!!!かけられてる!!!古典演劇の構造か????こんな現実の事象で綺麗にトロッコ問題みたいなのが形成されるケースあるんだ!!!!演劇って人生からできてるもんな!!!!無理!!!!!!

……という精神構造が今年の12〜2月だった♪

別に両親と不仲とかではないものの、上記の状態から実家で過ごすのキツくね…?と帰るのを渋っていたのですが、そろそろ本当にヤバいという状態になり父やばいのに帰らないって薄情じゃない? 愛してないの? 人としてどうなの? みたいな空気が出てきたので、にんげんのふりしなきゃ……と実家で在宅することにします。

【キツかったってこと】

・精神は落ちるのだが"悲しくて涙が出る"というような一般的に想像できる家族愛のある精神の状態にならず、自分のことばかり気にしてるのって人非人だな……という気持ちが強かった。

子どもにとってはあんま心の深いところの交流という意味では喋らないが食事の時間は会話(ほぼ言い合いと喧嘩)するし家族旅行は皆で行く、みたいな距離感の父だったのもあるかもしれないし、もう大分眼前に死が迫っていたから皆覆らないことを悟っていて大きな感情の表出が無かったのかも分からんし、母はあまり感知してないが(挙動が怪しいのは察しているがなんでそこまでって感じかも)私と弟は多分希死念慮抱き同族パーソンなので60代まで生きるって……普通にすごくね……?のように価値観が破綻しているのもあったかもしれないし、ああでも、たまに帰る時間が父と被ったとき後ろから見た歩き方が気管支が弱いこともありなんかだいぶ……そろそろな歩き方するな……って感覚が数年前からあったからかもしれない。
とにかく、あんま理想的な家族を愛する麗しい子どもみたいな振る舞いも演じる余力もなくて、ただただ母に「やめなさい!」と言われながらも私はお菓子を爆食いしてたし弟は煙草の量が増えてた。

それから時が過ぎて夏になったけど、最近だと"父の日のプレゼントに"とかの文言を見た時に「あ、もう私に父はいないんだ」と思って今の方がなんか淋しくなることが多いかも。だから影響が無いことはないなーと思って帳尻合わせて自分では自分を許してる。

・ペーパードライバーなので病院への送迎とかも弟がやってくれて、弟2は父を心配して「大丈夫?」とか痛みが治まらない時に声掛けてあげてたりして、一方私は仕事はしてるので残業してると家事を母が全部やってくれるので特に貢献できることが、無い……。

追記:弟2さ〜障害があって知能指数が小学3、4年生くらいの成人済み男性なんだけど、お笑いの動画とかが好きでうちの兄弟の中では1番なんかコミュ力あるから唯一父のことを素直に心配して優しくしてあげてて、マジで生きていなくていい人なんていないよ。

でも帰ってきて日常を共にするからこそ良いこともあって(もう父は自室で寝続ける状態になっていたけど)、特別なことでなくても挨拶や呼び掛けに答えることで対象に相対していることになるから、離れた場所で空想に依拠した閉じない罪悪感に囚われずに済むというのがあります。

・実家で兄弟も帰ってきてたので自室が無くプライベート空間が無く、クィアコンテンツが見れない。

世間の言う幸せって自分も試したらなれるのかも〜!→試す→病む→今度は行けるかも!→試す→病む……の流れを繰り返し続ける心のブレやすいクィアなので日々クィアコンテンツを摂取しながらどこなら息がしやすいかを探ってるところがあり、自宅では化粧しながら動画見たりアセクについての本を読んだりしていたのですがそれができないので精神の逃げ場が無かった。
う〜ん、あんま伝わらないかも、これ。なんかね〜異性愛とか性愛の出てくる話を見るとホラーみたいにそれ以上見れなくなってしまうことが多くなって、自分の心を弄らなくても楽に息ができる場所を探してるので見れないのがきつかったという話です。何を自分が求めてるのかもな…もう自分ではわからねえんだ…

【ありがたかったこととか、身近な人が同じ状況にいたら選択肢として試してほしいかもってこと】

・話を聞いて分かろうとしてくれる友達の存在
親しい友達に感情全てを話すタイプの人間なので複数人に話を聞いてもらった。私が恋愛無理かも★な背景も相談していたから全部知ってくれているので、世間が理想とする"家族を愛する優しい子ども"ではない感情とかも否定しないでくれるし、父とうとうヤバいけど実家帰るのキツ〜って言ったら「なんかさ、距離を置いて一人になれる時間欲しいよね」とまで言ってくれて大事な人が……分かってくれた……だった。その言葉をかけてもらえたら、本当に分かってくれる人がいたなら、例えその状態が本当には叶わなくても心の還る場所があるからやっていけると思った。

・死に目には、やっぱりなるべく会う方向で全力尽くした方がいいかも
こう、状況的に叶えるのが難しいこともあると思うし、過去に色々あり家族とどうしても会いたくないって方とかそれはまじで無理をする必要が無いのですが、私のようになんか素直に悲しがれね〜ちゃんと向き合えねえ〜人間の資格ねえ〜って中途半端にモヤってるとかの場合はここを力いれて頑張った方がいいこともあります(あっという間だったので介護を引き受けなければならない期間がほぼなかったというのもあるけどね…)。
もう、流石に死ぬ間際ってなると泣くし恥とかなくありがとう!って言えるからそれまでのモヤりに片が付くんですよね。言う側はですけどね。
もちろんその時に会えなくたって、それまでその人にしたことは消えないですよ! 毎日現実を引き受けて向き合うことが偉いよ……。

・ちょっといいレトルトの食品
父が亡くなり泣き暮らすとかは無かったけど、家族全員が同時に1、2週間は日中も夜も永遠に眠気に襲われ判断力が通常の50%になっていたので(この中で役所や携帯系の手続きをやらなければいけない!)、勿論料理などできず親戚や友達が送ってくれたちょっといいレトルト食品で暮らしていて、あの時は本当に助かった……
どうしてもその人がそれ系苦手とかじゃなければ、身近な人が亡くなったお友達とかに何かしてあげたい時の選択肢としておすすめします〜

【余談】

あまりうまく説明できた気はしないが、そんな感じで今年の冬は自分にとってキツく、でも推しドルの活動期間とツアーが被っていたので傷口に直接当てる緊急ガーゼのように供給を浴びていた。推しドルには反射のように愛しいとか好きとか思えるのに家族に思えないのってどうなの? とかもあったが、ある動画の推しのターンに本当に本当にセクシュアリティ上勝手に、勝手に救われて生き延びた。

活動期間の曲に"叫びたいけれど どこに行っても結局叫べなかった"という歌詞があって、社会性を理解する賢さが無い私は比較的叫びたいときに叫んでいたので、その場の人の心に配慮して自分を控える人ってすごいな、私には到底分からん心の動きだな……とか思っていたら本当に実家が叫びたいけど叫べない(自分のセクシュアリティがばれるので…)場所だったのでこういうシチュエーション本当にあるんだ!!になった(※そんな無理筋なクィアリーディングはありません)。この曲はあなたと夢の中で彷徨っていたいという逃げることを肯定してくれる淡くてきれいでやさしい曲なのですが、この曲を聴くことは私を逃避行の地にその間は連れて行ってくれることだった。
そして父が亡くなったあと、一旦自宅に荷物を取りに帰った私は別の活動曲を切り替えて聴くことにして、"Change my color"という歌詞があって、紫とグレーとホワイト……私が私のセクシュアリティに戻るということ……という瞬間のBGMになった(※そんな無理筋なクィアリーディングがあるか! その2)。勝手ですね〜〜。でもさー、その時のガーゼだったんだー。ごめんね、こういうのが何処まで許されるのかまだ自分のスタンス固まってない……

 

締め方が分かんね〜。なんかさ、色々背景は折り重なるから人間の理想ではない綺麗じゃない感情に苛まれても、あなたがそれを抱えたまま生きることがあなたを保存することが、遠い誰かを暗い意味だけど楽にしたりすることがあると願ってる、生きような……(?)

 

#アセクシャル